そらいろキップ
言葉や国は関係なしに
汽車に乗り 眠り続ける少年の知らない
記憶の底の底の世界樹が
すべての、真実。
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1989年に山形国際ドキュメンタリー映画祭の第1回目が開催された時に、当時、新潟県で『阿賀に生きる』を撮影されていた佐藤真監督をはじめとした、スタッフの方達が山形市の馬見ケ崎川の川原にテントを張り山形映画祭に参加されていました。
その『阿賀に生きる』(1992年)の撮影をされていた小林茂監督『風の波紋』(2016年)をみてきました。 ちょっと話がずれてしまいますが、大重潤一郎監督『小川プロ訪問記』(1981年)の中で、小川紳介監督が大島渚監督との対談の中で、ポツポツと消えていく村、その村の暮らしを記録する事の大切さを話されていました。 消えていった村もありますが、都会から村へ移住されてきた方のおかげで、新しい形をむかえた村もあります。 『風の波紋』の移住されてきた方達、外側の視点の村の生活は昔ながらの共同体としての村の暮らしを感じさせながら、どこか新しさ(物珍しさ)も感じさせると同時に、その昔、その土地で生きてきた人達の経験から生みだされた知恵の豊かさの足跡をたどるようです。 状況を説明する字幕スーパーが最小限の『風の波紋』。 どんな状況なのか伝えるための適確な構図、映像の編集のおかげで「あー、そういう事なんだー!」なんとなく、わかってしまうからすごい。 これは、その土地で撮影の対象となる人達と一緒に過ごした人じゃないと撮れない映像です。 僕が書くのも恐れおおいんですが、長年に渡って記録映画を撮ってこられた方の映像はすごいわー。
まさか映画館でみれる日がくると思わなかったエルマンノ・オルミ監督『木靴の樹』(1978年)。19世紀後半、イタリアの農民の暮らしを題材にした作品です。
撮影当時のイタリアで農業に携わっている人達が、自分達のご先祖様にあたる人達の暮らしを演じています。 太陽が登ってから落ちるまで。 日々の暮らしぶり、そこに住んでいる人達が何を思い、考えていて生きていたのか、農民の精神世界が言葉や理屈ではなく、息づかいや感覚で伝わってきます。イタリアの歴史を知らない僕でも、当時のイタリアがどんな社会だったのか、ストンストンと心の中に入ってくる。 劇映画というより、とってもとっても豊かな記録映画に出会った興奮に包まれているうちに、あの世から小川紳介さんが降りてきて、けたたましく映画の解説をしそうな気がしてきた。 何故、そう思うのか『小川紳介 映画を穫る』(山根貞男編 筑摩書房)306頁の年譜。 1979年に小川さんは『木靴の樹』を山形県上山市牧野村の人達にみせたくて、実行している。 『1000年刻みの日時計 牧野村物語』(1986年)の牧野村の人達が自分達のご先祖様を演じる場面の発想は『木靴の樹』からきていたのかも。そういえばフェデリコ・フェリーニ監督『アマルコルド』(1973年)も影響している気がする。イタリア映画に親近感があるのは小川さんの映画のおかげかもー。 映画への妄想が妄想を呼び、ニヤニヤしているうちに、3時間7分の『木靴の樹』の楽しい時間はあっという間に過ぎていったー。 こんなにはやく終わらないでーっ!!。
JR山形駅から左沢(あてらざわ)線に乗り換えて30分くらいのJR寒河江駅から歩いて5分くらい所にあるGEA Restaurant0053というお店での上映会『THEATER0053 第2夜』で2009年の山形映画祭で上映された『RiP!リミックス宣言』(ブレット・ゲイラー監督)が上映されるので9/3㈯にみに行ってきました。
サンドイッチ、うまかったー。 この上映会を企画されている菊地翼さんが地元のラジオ局でDJをされている方で、この方の番組でベル&セバスチャンを知ったおかげでスチュアート・マードック監督『ゴット・ヘルプ・ザ・ガール』を楽しめました。 『RiP!リミックス宣言』の主題は「著作権は誰のミカタ!?」。 作り手の権利を守るのは大切な事なんですが、芸術の多くは過去の芸術の影響を受けているので、解釈の仕方によっては、多くの芸術が著作権を侵害している事になってしまいます。 人と人が交流して新しい生活が生まれるように、文化と文化が交流して新しい文化が生まれる事が、芸術の本来の姿なんだと思うけど、そこにお金がからむと話がややこしくなる。 著作権の問題はややこしいけど、いくつになっても、イタズラ心は忘れたくないなんて素敵な大人にぴったりの笑いながらみれる作品です。 マウス解放戦線が素敵すぎて会員になりたい笑。 しかし、リミックスの話がここまで複雑だと、THE FLIPPER'S GUITARの『ヘッド博士の世界塔』のDOLPHIN SONGを聴きたくなる。 ほんとのことが知りたくて 嘘っぱちの中旅に出る〜♪♪って、記録映画をみる時にぴったりの歌だなぁー。 いいんでしょうか、こんなテキトーなオチで。
いまよりも格差社会だった戦前の日本はどんなだったんだろう?。
戦前の建物は焼けたり老朽化してみる機会が少ないけれど、映画の中でならみる事ができたりする。 チェ・ドンフン監督『暗殺』。 韓国が日本だった頃の映画で、韓国にあった日本の街の建物、上流階級に住む人達の服飾が豪華絢爛に再現されていて、その規模がすごかった〜。 CGで再現されている部分もあるんですが、セットのこのまま生活できそうなしっかりとした造りに(ビューンと走る車をカメラで追えるくらいでかい)、「もしかしたら、スクリーンを斜めにみたら奥のほうまでみえるのでは…」首を右や左に曲げて映画をみはじめる映画バカ。 この豪華なセットで生身の人間の動きを中心としたアクションが展開されるなんて最高です。 それがワンカットだと信じられないくらい物凄い事がおきた!。タランティーノ監督がみたら喜びそ〜。 セットが豪華なだけではなくて、朝鮮半島の歴史を象徴するセットへと繋がっていく、映画の流れ、映画の力強さは拍手ものです。 「日本が韓国を植民地支配していた時代の映画」というと、何かいろいろ言われてしまいそうですが、その事に対して感情的に批判するというより、日本人の側についた韓国人や、まとまりのない独立運動の弊害について、冷静に歴史をみる視点がとっても大人だった…。 あらー、こういう歴史だったのね。『暗殺』みるまで知らんかった。 本当、細かい所までみたくなる映画なんですが、細かい所までみると、とっても気になる場面が…。 僕の見間違いでなければ、汽車の中で日本人のお偉いさんの貴方が読んでいる本は江戸川乱歩様の本では…。何気に装丁が春陽文庫している。 1930年代に江戸川乱歩様って何処まで大丈夫だったんだろー?。監督さんか美術監督さんの趣味なのか、気になるー!。
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