そらいろキップ

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YOUNG YAKUZA ジャン=ピエール・リモザン監督

山形映画祭の楽しみのひとつは、日本でなかなか観る事ができない映画が観れる事で、今年はジャン=ピエール・リモザン監督「YOUNG YAKUZA」。
2007年の山形映画祭で上映された「北野武 神出鬼没」の監督さんで、こちらの映画は蓮實重彦氏が北野武監督に、言葉をかけると、北野武監督が映画について、見えない糸を紡ぐように語り出す、他のインタビューとは違った、会話の面白さゾクゾクしました。

「YOUNG YAKUZA」 はヤクザの世界に入門する20歳のナオキ。親、組員、組長のドキュメンタリー。
映画の中に、ピンとはりつめた空気、組長をはじめとした、組の人達の身のこなし、俊敏さ、黒澤明監督「七人の侍」の侍達の動きの鮮やかさに、通じるものがあります。
その鮮やかさがもっとも表れるのは、組長が先代の組長の形見を説明する時の、形見に触れる時の姿勢、指使い、眼差し、語り。
日々の積み重ねの美学、「仁義」に裏打ちされている、その美学に対する「語り」と「仕草」にカメラが完全に同調している。
同じ言語圏でも難しいのに、何故、違う言語圏でこんな事ができるのか、びっくり。こんなすごい映画が国内初の上映なんてもったいない…。
ドキュメンタリー映画の面白さのひとつは、語り手に同調(共鳴)して、その題材独自のカメラの動きが生まれるところだと思う。例えば、小川さん、小川プロ「辺田部落」の冒頭の村人の語りとカメラのように。

暴力団排除の動きが強くなり、昔のようにいかなくなる時代、暴力団でない人達には、暮らしやすくなるはずなのに、その流れに妙な違和感を覚えるのは何故だろう?。
「親にしてもらえなかった事を、自分が代わりに出来れば」とナオキを受け入れる、組長の姿はどこか孤独で、社会の簡単な線引きだけでは、わからない世界がある事を教えてくれます。
この、孤独感、寂しさ、テキヤさんの世界を記録した木村栄文監督「祭りばやしが聞こえる」を思い出してしまいました…。


posted by 永島大輔 16:09comments(0)trackbacks(0)pookmark





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