そらいろキップ

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「天からの贈り物 小林村の悲劇」

山形映画祭インターナショナル・コンペディション「天からの贈り物 小林村の悲劇」(羅興階/ルオ・シンジェ。王秀齢/ワン・シウリン。共同監督)の感想です。
2009年8月8日に台風と大規模な土砂崩れにより、崩壊した村が復興していく過程を3年に渡り記録した作品。
そこに、村が存在した事が信じられないくらいの巨大な土石流の光景は、そのまま、東日本大震災の津波の被害に通じる物があって、いろいろ思い出してしまいます。
家を失った人達は、仮説住宅からきちんとした住宅が用意されていくけれど、そこには、用意する側の思惑が複雑に絡みあって、村本来の姿からは遠く離れた「箱物」だけが出来上がっていく。

台湾は東日本大震災の時に、ものすごい勢いで日本に対して義援金集めをしてくれた国なので、国内ではこんな問題があるのかと複雑な気持ちになりました。

遠く離れた国で、同じような事がおきている。
思い通りに進まない復興以外にも、災害にあった時に、被災者が「しあわせ過ぎたのかもしれない」とふりかえる時、黒澤明監督「赤ひげ」の地震の場面に重なってきます。
映画の中で小林村の祭りの様子で、車座になり、歌を歌う場面は、日本のご詠歌やアイヌのお祭りと重なってくる。民俗学に詳しかったら、もっと違う視点からも観れそう。

いろいろ重なる場面の多い「小林村」には
「災害が風化されてしまう問題」も取りあげられる。
同じ人物の同じような証言が何回か出てきます。同じ時間だったり、数ヶ月後だったり。
映画の見せ方や尺の問題だけを考えたら切られそうな、その場面は、当事者にとって、災害の記憶は風化しないという訴え、そして、風化してしまう事への抵抗の現れにも思えます。

かつての村の様子、亡くなった人達について、大人だけではなく、子供も含めて自然な表情で語りだします。
「長期間通って相手の信頼を得る」というドキュメンタリーの方法論が、頭に染み込んでいて、すっかり、わかったつもりでいたけれど、それが、具体的にどんな行動か、よくわからなかったりします。

監督さん達に映画について話をお聴きした時の事。
閉店間近の香味庵で監督さん達は、「おやすみなさい」「さようなら」と日本語で笑顔で握手をしてくださった。
映画の中で村の復興がうまくいかないのは、利権優先で動く政府に原因があると徹底批判した監督さんの、笑顔は優しく手は柔らかく、暖かかった。

村人達の表情を自然に撮影できた土台のひとつには、これがあるんだろうなぁ…とハッとしました。
ドキュメンタリーの方法論を理屈だけではなくて、感じる事ができました。
作り手の方に直接お会いして話ができるって、いいもんだな〜。
posted by 永島大輔 17:26comments(0)trackbacks(0)pookmark





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