そらいろキップ

言葉や国は関係なしに
汽車に乗り 眠り続ける少年の知らない
記憶の底の底の世界樹が

すべての、真実。




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風立ちぬ 宮崎駿監督

堀越二郎氏の実際の人柄はわからないけど、宮崎駿監督「風立ちぬ」では、ただ、ただ、大空を飛びたくて、飛行機を作り続けていて、軍は、ただ、ただ、戦争に勝ちたくて、飛行機の事を理解せず(さらっとしか出ませんが、かなり重要な場面だと思う)に、飛行機を作らせていたと描いている所を観ると、どこが、戦争賛辞なんだろう?。

「零戦出すと戦争賛辞」のように言われがちですが、戦争に利用されてたのは、飛行機だけだったわけではなくて、医学の勉強をしたくて、行ってみたら七三一部隊だった人もいたし、絵画や映画だって戦争に利用されていた。
当時の日本人がどこまで意識してたのか、わからないけど、戦争やりたくて、その道に進んだわけではなくて、純粋に好きな事をやってたら、たまたま戦争があって協力せざるをえなくなった人もいたはず。

「風立ちぬ」の根底にあるのは、純粋に好きな事をしてる人間と、戦争へと突き進む国との溝、戦争へ協力した事に対して、つきまとう、影のようなもので、大好きな研究に没頭してたら、原爆を開発するきっかけになってしまった人の気持ちって、こういう事なんだろうなぁ…と思うと、何故か泣けてきました。



posted by 永島大輔 18:19comments(0)trackbacks(0)pookmark





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