そらいろキップ

言葉や国は関係なしに
汽車に乗り 眠り続ける少年の知らない
記憶の底の底の世界樹が

すべての、真実。




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こどものほうへ

深刻な作品が多い「わたしのテレビジョン-青春編-」の中で、ほんわかした気持ちになれた作品を2つ紹介します。
ひとつは「多知さん一家」(ディレクター:市岡康子/1965年/モノクロ/25分)両親、9人兄弟(姉妹)あわせて11人(!)が4畳半で暮らしています。朝、母親がこども達を起こす場面では、押し入れや、もしかして戸棚?(笑)からこども達が出てきます。
中学生のお姉ちゃんと小学生のお兄ちゃんが学校へ行ったら母親は7人の侍じゃなくて7人のこどもを連れて近所の神社へ。神社の手洗い水に登ったり、鐘のヒモでターザンごっこ。これ、僕もいとことよくやったなー(←バチアタリ)
ほとんどミニ保育所状態の多知さん一家。
こども達を見守る母親の笑顔も素敵なんですが、撮影するカメラのまなざしも暖かい。
現在のカメラは小型化していつ撮影しているかよくわからない(この事は相手との関係性においてひとつの課題だと思う)けど、1965年当時のカメラをまわそうものなら、「グガオーッ!」と、こどもにとっては怪獣か?つーくらい音がしたはず。でも、こども達は安心した表情で遊び、路地裏で眠りこける。
このこどもは現在46〜7歳にはなっている。
みんな現在はどんな大人になっているんだろ?と想像してしまいました。

もうひとつは「あいラブ優ちゃん」(ディレクター:木村栄文/1976年/カラー、モノクロ/48分)先天的に股関節と脳に障がいをもつ、栄文さんの長女、優ちゃんと家族、まわりの人達の記録。

当時の障がい者を題材にした他の作品がどんな雰囲気かわからないのですが、この作品は障がいのあるお子さんを育てる親御さんの気持ちをしっかりとらえながら、明るさ、前向き感にあふれています。
保育園は勉強する場所ではなくて、生活する場所だからと優ちゃんを受け入れてくれた保育園。
水泳はしたいけど水面に顔をつけるのが怖い優ちゃんを「いつか泳げるようになるよ」と、あきらめずに教えてくれる水泳の先生。
実際に障がいのあるお子さんを育てるのは、たくさんの困難がつきまとうけれど、あきらめずに前向きに生きていく大切さを、優しく背中をさするように教えてくれます。
テレビドキュメンタリーゆえに観る機会が限られているのが残念な所、普通に劇場公開してもいい反響がありそうな作品なのに。

ところで、優ちゃんは貴の花(1976年当時)の大ファンで負けるたびに泣いてしまいます。この場面で場内大爆笑になりました(笑)。貴の花はあんなに弱かったんでしょうか(^_^;)?謎だー。
posted by 永島大輔 10:16comments(0)trackbacks(0)pookmark





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