そらいろキップ

言葉や国は関係なしに
汽車に乗り 眠り続ける少年の知らない
記憶の底の底の世界樹が

すべての、真実。







パターソン   ジム・ジャームッシュ監督

映画をみに町へでる時に本屋により、藤本哲明という詩人さんの『ディオニソスの居場所』を予約しに行こうと決めた朝にジム・ジャームッシュ監督『パターソン』に出会った。

小さな偶然が連なる。秋の陽射しのように短い時間から成り立っている映画は、映画館の外で赤くなり始めた葉に共鳴しているようだった。

なんでもない幸せと、何かを失う日。

ジム・ジャームッシュ監督がノートの白い紙に広がる可能性を描いた瞬間。


たまたま現代詩手帖を手にとり、藤本哲明氏の詩を読んだ冬の日を思い出した。

訪れた事のない明石の海が輝いていて、何かを失った後に人が再生していく時の言葉の力強さがそこにあった。  


あの冬の日と重なる小さな偶然になぜか涙がでた。


posted by 永島大輔 20:05comments(0)trackbacks(0)pookmark





三里塚のイカロス  代島治彦監督

記録映画とはどんな物なのかよくわからない時に出会った小川紳介監督、小川プロダクションの三里塚闘争の映画、その後の山形で撮られた映画は僕にとって記録映画の教科書的な存在です。


小川紳介監督はレギーナ・ウルヴァー監督『ハレとケ』の中で、話をする人を撮影する時に、その人の姿を全体から撮影を始めて話が核心に迫るにつれてカメラが寄っていく『間』の大切さを語っていました。

代島治彦監督『三里塚のイカロス』には、その『間』が受け継がれている。


映画の中で代島治彦監督がかつて三里塚闘争で闘ってきた人達への声がけは暖かくて、優しい。

そして、核心へと迫っていく。


三里塚で撮影されているので、人間が生活するスレスレの空間を飛行機が飛んでいく。

時々、飛行機の爆音とともに話が中断する。

それは、次の言葉を選ぶ思考の『間』のようにも思える。

その瞬間に、飛行機の姿をおさめたカメラが話し手の顔に寄り、次の瞬間に鋭い証言が発せられた時の『間』の見事さ。

動物的なカメラの美しさ。

撮影の対象となる人達の生活に入り、相手の言葉を預かる覚悟、緊張感の凄さに背筋を伸ばしました。


三里塚闘争の事の発端。

成田空港を作ろうと思った人達は国を発展させるために、良かれと思って計画をたてたと思う。

お百姓さん達はご先祖様から受け継いだ土地を守るために反対した。

そして、全国からお百姓さん達を守るために若者達が集まった。


どの立場の人でも出発点にあるのは『善意』だ。

その『善意』が暴走していった時に、それは『怪物』へと変貌していく。

人は不条理な事が起きると「全体主義」や「独裁国家」と非難する。

それは当然の事だけれど、その非難する人間の側にも「全体主義」や「独裁国家」の萌芽があり、いつか開花する日がくるかもしれない。

『三里塚のイカロス』が辿りついた三里塚闘争が敗北した真実には鳥肌が立った。

この映画は三里塚闘争だけではなく、他の出来事や未来の社会で不条理な出来事が起きた時に、読み解く教科書的な存在になる。

こういう映画を記録映画と呼ぶ。


posted by 永島大輔 22:57comments(0)trackbacks(0)pookmark





大林宣彦監督祭り

『この空の花─長岡花火物語』『野のなななのか』の上映会。そして大林宣彦監督と根岸吉太郎監督とのシンポジウム。

8時間近い大林宣彦監督祭りは最高だった…。

しかも大林宣彦監督に直撃してサインまでいただく事ができました。

山形映画祭で鍛えられた映画をみる体力と監督を追っかけるミーハーな情熱はこの日のためだったのね。

子供の頃から憧れていた人に会える日がくるのはとても幸せな事です。

企画された小林みずほさんをはじめ、映像文化創造都市やまがたの方達。市民ボランティアの方達。会場を提供されたフォーラム山形に熱烈感謝です。


大林宣彦監督は日本のCMや自主制作映画の草創期から活動されていた方で、あの時代のギラギラした雰囲気には憧れを感じていました。

1960年代の芸術を武器にした前衛芸術。


映画会社で作られる映画とは異なる場所で詩を綴るように、絵を描くように、個人で映画を作り始めた人達の実験映画や日記映画といわれる作品は、ちょっとやそっとじゃ理解できないけど、そこには個人で映画を作る喜びと、詩や絵画に隠された意味を考えるように映画をみる面白さがありました。


『この空の花─長岡花火物語』。

あの時代のギラギラした前衛芸術の熱量と現在の映像技術を融合させてスクリーンに大輪の花火を打ち上げるような力強い映画です。

記録映画と劇映画、そして実験映画の垣根を自由自在に行き来する。そこには映像表現の無限の可能性がある。

映画って、こんなに自由でいいんだ。もう驚きの連続です。

『野のなななのか』。

ひとつの対象に振り子のように寄っては去っていくカメラと、数秒単位で流星のように降りかかってくる映像と謎だらけの言葉と詩の猛吹雪。中原中也さんの詩が素敵。

めっちゃ前衛なコラージュ感あふれるCG表現にあっけにとられて、最後の最後でその意味がわかった瞬間、芸術の謎を解く面白さが終わってしまう寂しさがやってくる。

ここまで自由に映像を表現できるのは、映画館で映画をみるという事がどういう行為か知り尽していて、観客の映画をみて考える力を信用しているからできるのだと思う。


芸術は遠い遠い過去と現在を結びつける。

小林秀雄さんの中原中也さんの亡骸についての随筆を読んでいたら、どういうわけか中也さんの肌の硬直具合や匂いや身体の冷たさが伝わってきた事があってたけれど『野のなななのか』は中也さんが耳元で囁いてきた、それは快楽に近かった。

大林宣彦監督の映画に身近な存在として幽霊が出てくるけど、本当、あんな感じなのよね〜。


posted by 永島大輔 22:18comments(0)trackbacks(0)pookmark





チリの闘い─武器なき民の闘争 パトリシオ・グスマン監督

恥ずかしい事を書いてしまいますが、2015年の山形映画祭でパトリシオ・グスマン監督『真珠のボタン』をみるまでチリの歴史を知りません
でした。
そんな僕みたいな人にその時代に何が起きていたのか、わかるようにパトリシオ・グスマン監督『チリの闘い─武器なき民の闘争』は作られています。
ある国が独裁国家へと変貌していく。
現代の人達が過去を回想した記録映画や劇映画はみた事がありますが、その過程を同時代に記録した映画ははじめてみました。

都合の悪い真実は隠蔽される。
時の権力者に都合の悪い出来事は書き換えられてきた歴史を考えれば『チリの闘い─武器なき民の闘争』は奇跡そのもので、真実を記録する事の大切さがビシバシと伝わってくる記録映画です。

チリに住んでいる人達が理想的な社会を目指すために何をすべきか語る時の表情、仕草の豊かさ。生活するために身体を動かす人達の姿は動物の神様が降りてきたような華麗なダンスだった。
その力強さをみているうちに、4時間30分はまたたくまに過ぎていく。
半世紀も前。
異国の人達の姿がついこの前、旅先で出会った人達のように親しく懐かしく思えてくる。
こう思えてくるという事は、ものすごい複雑な編集と音の入れ方をしていると思う。
親しく懐かしく思えば思うほど、頭の中に思い浮かぶのは『真珠のボタン』で描かれた独裁国家になった国でこの人達が辿る運命。
映画が終わった瞬間に訪れる、人間がこの世から消されてしまう怖さ。喪失感。吐き気がするほどの恐ろしさ。
国と国との争いに翻弄された人達の姿をみていたら『真珠のボタン』が何故、国境を越えて人類共通の精神世界に踏み込んでいったのかわかったような気がしました…。







posted by 永島大輔 20:33comments(0)trackbacks(0)pookmark





ヤング・アダルト・ニューヨーク  ノア・バームバック監督

アメリカのノア・バームバック監督は深刻な問題を正面から扱っているけど、どこをとっても写真集になりそうな映像のかっこよさ。何故か笑わずにはいられない演出の絶妙さ。
笑っているうちに本当に大切な事を教えてくれる素敵な監督です。
『イカとクジラ』『フランシス・ハ』もよかったけど、『ヤング・アダルト・ニューヨーク』こんなに化けると思わなかった。
ひとりの監督の作品をみ続けてきてよかったと思える作品です。

なかなか映画を完成させる事ができない記録映画の監督ジョシュ(森達也監督『FAKE』をみたら激怒するタイプ笑)が自分よりずっと年下の世代と出会う事で、いろんな発見や刺激を受けていく姿。
同世代の所帯じみていく価値観に対する抵抗感。そのくせ身体は歳をとっていく。
なんかもー、実際、年下の人達と楽しい思いをしてきたおかげか、この大人になりきれない大人達の姿は他人事とは思えないリアルさ。
中2病には国境はないとはよく言ったもんだなぁ…。

映画の中で主人公が映画監督というのはよくあるけど、記録映画の監督はあまりないような気がする。「ええっ?。ノア・バームバック監督って、そんなに記録映画の事が好きだったんですか!?」なんか「好きな○○くんと、おなじバンドが好きだった。やったぜ!」な素敵な展開になるぞ。
そういえばノア・バームバック監督の人物のとらえ方はフレデリック・ワイズマン監督の観察映画みたいな面白さがあるなー。

ベン・スティラーとはいえば監督もされていて『ヤング・アダルト・ニューヨーク』は『リアリティ・バイツ』を思い出させてくれる…と書きたいところなんですが、ヒラリー・クリントンとデートする日が来たらぜひ一緒にみたい『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』がとっても最高です!。
posted by 永島大輔 19:35comments(0)trackbacks(0)pookmark





ニュースの真相  ジェームズ・ワンダービルト監督

人間なら誰にもでも間違いがあるけど、その間違いを本題から離れた所から非難している状況を面白がっているうちに、その事が自分達にも降りかかり、いつの間にか自由に発言できない社会へと歩む事になっていた。たとえば、鋭い発言をする人達がひとりずつ姿を消していく。どこかでみたことのある出来事がアメリカのブッシュ政権の時にもおきていた。
ジェームズ・ヴァンダービルト監督『ニュースの真相』はそれを題材にした作品です。

問題とされている事が本当に起きていたのか?というより、間違いをおかした事やその人の思想を洗い出して糾弾していく。
ほとんど魔女狩りみたいな状況は先日みたジェイ・ローチ監督『トランボ』で描かれた1960年代の赤狩りに近い物を感じます。
不思議なもので時代や国が違っていても人はおなじような行動をします。
「魔女狩りみたいな」と書きましたが、いまから90年くらい前に作られたカール・テホ・ドライヤー監督『裁かるるジャンヌ』(1927年)という魔女狩りその物を描いた作品があります。
社会的な弱者にとっては聖女であるジャンヌ・ダルクは教会の人達にとっては魔女であり、異端視されるのですが、その視線がとても怖い。
『ニュースの真相』の重厚で不気味な場面に出てくる人達の視線とケイト・ブランシェットが演じる報道番組のプロデューサーの姿はまさにそれ。
味方となる人がほとんどいない場所で、挫けそうになりながらも真実を訴えて追求していく姿。動きの少ない映画だけれど、その迫力と緊張感はものすごいものがありました。
真実を追求していくのは、時によってはとても難しい事があります。
それでも真実を追求していく大切さを教えてくれて、黒澤明監督『悪い奴ほどよく眠る』のあの、映画をみおえた時の血が騒ぐ感覚で再びやってくる作品です。
こんな映画を作っちゃうアメリカの映画人ってかっこいい〜。










posted by 永島大輔 15:01comments(0)trackbacks(0)pookmark





レッドタートル ある島の物語  マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督

アニメーションは好きなのに、作画に対して自分でも嫌になるくらい好き嫌いがあるせいで、素直に楽しめなかったりする。
背景をどれだけ写実的に作った所で、人物線の輪郭とあわないとチグハグな印象を受けるし、音楽はよくても、絵の動きと音楽のバランスがとれていなかったりすると、もう全然のれなくて悲しい思いをしたりする。

マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督『レッドタートル ある島の物語』。
本当、こういう作品がみたかったんだよーと涙がこぼれてきました。
嵐の海。
大波に弾かれる雨の美しさ。
人間の文明がいっさい存在しない怖さ。
それが絵画と音で表現されている。これが、すごい。
時間の経過と心理描写にあわせて変化する色彩。
遠景で人間が歩く場面の足音。砂浜から岩場へとまたいだ瞬間から、足音の音質が微妙に変わる。
冒頭の数分でこの作品のとりこになった。
無人島に漂流した男に訪れた絶対的な孤独が生みだしたユートピアを描いた『レッドタートル』。こわいくらい冷静に人間を観察した人が作りだせるものだと思う。




posted by 永島大輔 19:28comments(0)trackbacks(0)pookmark





めぐりあう日  ウーニー・ルコント監督

ウーニー・ルコント監督『めぐりあう日』。
母親になる事に戸惑う2人の女性。
妻の大切な変化に気づかない夫。(いくらなんでも鈍感すぎでは…という気もする笑)
転校先で友達をみつけ、成長していく子供、大人へはむかう姿。
ジャン=リュック・ゴダール監督、レオス・カラックス監督達の映画を撮影してきた、カロリーヌ・シャンプティエの、はかなく美しい映像に写し出された人間の生々しい姿には何度も鳥肌がたった。

ウーニー・ルコント監督が韓国に住んでいたのは短い期間だったようですが、前も何度か書いた事がありますが、韓国の人達が描く人情の世界は感覚的にとても近い物を感じます。
日本でいう所の世話物や因果応報的のあの感覚。
その感覚と、人をありのままに見守る西洋の写実的な視点。
異なる文化圏が融合する事で生まれたとても美しい映画です。

冒頭に「母親になる事に戸惑う2人の女性」と書きましたが、映画の中で少しづつ母親になっていくんだけど、それは、「男なんてこんなもんだよなー!」女性が男に見切りをつけていく姿だったりする。これは怖い笑。


posted by 永島大輔 15:25comments(0)trackbacks(0)pookmark





風の波紋  小林茂監督

1989年に山形国際ドキュメンタリー映画祭の第1回目が開催された時に、当時、新潟県で『阿賀に生きる』を撮影されていた佐藤真監督をはじめとした、スタッフの方達が山形市の馬見ケ崎川の川原にテントを張り山形映画祭に参加されていました。
その『阿賀に生きる』(1992年)の撮影をされていた小林茂監督『風の波紋』(2016年)をみてきました。

ちょっと話がずれてしまいますが、大重潤一郎監督『小川プロ訪問記』(1981年)の中で、小川紳介監督が大島渚監督との対談の中で、ポツポツと消えていく村、その村の暮らしを記録する事の大切さを話されていました。

消えていった村もありますが、都会から村へ移住されてきた方のおかげで、新しい形をむかえた村もあります。
『風の波紋』の移住されてきた方達、外側の視点の村の生活は昔ながらの共同体としての村の暮らしを感じさせながら、どこか新しさ(物珍しさ)も感じさせると同時に、その昔、その土地で生きてきた人達の経験から生みだされた知恵の豊かさの足跡をたどるようです。
 
状況を説明する字幕スーパーが最小限の『風の波紋』。
どんな状況なのか伝えるための適確な構図、映像の編集のおかげで「あー、そういう事なんだー!」なんとなく、わかってしまうからすごい。
これは、その土地で撮影の対象となる人達と一緒に過ごした人じゃないと撮れない映像です。
僕が書くのも恐れおおいんですが、長年に渡って記録映画を撮ってこられた方の映像はすごいわー。






posted by 永島大輔 19:04comments(0)trackbacks(0)pookmark





木靴の樹   エルマンノ・オルミ監督

まさか映画館でみれる日がくると思わなかったエルマンノ・オルミ監督『木靴の樹』(1978年)。19世紀後半、イタリアの農民の暮らしを題材にした作品です。
撮影当時のイタリアで農業に携わっている人達が、自分達のご先祖様にあたる人達の暮らしを演じています。
太陽が登ってから落ちるまで。
日々の暮らしぶり、そこに住んでいる人達が何を思い、考えていて生きていたのか、農民の精神世界が言葉や理屈ではなく、息づかいや感覚で伝わってきます。イタリアの歴史を知らない僕でも、当時のイタリアがどんな社会だったのか、ストンストンと心の中に入ってくる。

劇映画というより、とってもとっても豊かな記録映画に出会った興奮に包まれているうちに、あの世から小川紳介さんが降りてきて、けたたましく映画の解説をしそうな気がしてきた。

何故、そう思うのか『小川紳介 映画を穫る』(山根貞男編 筑摩書房)306頁の年譜。
1979年に小川さんは『木靴の樹』を山形県上山市牧野村の人達にみせたくて、実行している。
『1000年刻みの日時計 牧野村物語』(1986年)の牧野村の人達が自分達のご先祖様を演じる場面の発想は『木靴の樹』からきていたのかも。そういえばフェデリコ・フェリーニ監督『アマルコルド』(1973年)も影響している気がする。イタリア映画に親近感があるのは小川さんの映画のおかげかもー。
映画への妄想が妄想を呼び、ニヤニヤしているうちに、3時間7分の『木靴の樹』の楽しい時間はあっという間に過ぎていったー。
こんなにはやく終わらないでーっ!!。


posted by 永島大輔 19:40comments(0)trackbacks(0)pookmark