そらいろキップ

言葉や国は関係なしに
汽車に乗り 眠り続ける少年の知らない
記憶の底の底の世界樹が

すべての、真実。







東京裁判 4kデジタルリマスター版 小林正樹監督

デジタル技術で甦った小林正樹監督『東京裁判』の映像の鮮明さ。

息遣いまで伝わる音質の良さは過去と現在の距離を縮め、現在の問題として感じさせ、真実を追求するためには複数の視点から問題となっている出来事を検証していく事の大切さを教えてくれる。

明治から東京裁判の時代、その後の世界の動きを俯瞰する社会を批評、分析する視点の鋭さは現在の日本で起きている歴史認識の違いからくる衝突は『東京裁判』が抱える「不条理さ」にある事を指摘し、その衝突が起きる事を予見している。

時代を越えて社会と闘争する映画の力に圧倒された。

これぞ記録映画をみる醍醐味!。


映画の冒頭。

資料撮影のスタッフに小川紳介監督『クリーンセンター訪問記』『牧野村物語・峠』の撮影監督奥村祐治氏の名前をみつけて不思議な感動をおぼえました。

どういう経緯で『東京裁判』に参加されたのだろう?。

posted by 永島大輔 11:03comments(0)trackbacks(0)pookmark





ニューヨーク公共図書館 エクス・ブリス   フレデリック・ワイズマン監督

図書館を利用する人達の暮らしや考えを把握しながら、誰でも学ぶ事ができる空間へと進化を続ける図書館の記録映画。

本をはじめとした資料を保存し、先人達が積みあげてきた芸術や教養をいまを生きる人達の暮らしへと還元する大切さが語られる。

3時間25分という上映時間なのだけど映画に出てくる人達の語りの面白さがアメリカという国の歴史の謎解きをする面白さへと繋がっていくので、とても刺激的な授業を受けているような気持ちになり、あっという間に終わってしまった。

ハリウッド映画に感じる芸術や文化、歴史への素養の高さは、このような施設で地道に活動している人達のおかげではないかと思う。

芸術や文化への風当たりが日に日に強くなる国に住む者には、夢のような図書館。

自分達の都合のいいように歴史を編集したい人達から、子供達を含め自分の身を守るには、このような活動をする図書館がとても大切という事がよくわかります。




posted by 永島大輔 10:57comments(0)trackbacks(0)pookmark





アイスの汗

蝉の声と橙色にみたされた部屋にやってきた彼がくわえたアイスの汗は楽しい。

今夜、話したい事をノートに書きとめておいたのに白いシャツの肩甲骨の動きに欠伸をしていたら、遠い日。

きみの記憶を少しでも残しておこうと探した草原の写真をみつけられないままで心残りだった事を思い出したよ。

そう「心残りだった」。

探さなくてもよくなってしまった。

あの時よりも、いまのほうが大切に思えるようになってきた。 

話す事は少ないのに隣にいるだけで気持ちが楽になる友達のおかげ。

でも、時間が解決してくれるって、こういう事だったんか。


さようなら。

また。

どこかで会おうよ。

posted by 永島大輔 21:51comments(0)trackbacks(0)pookmark





夜の詩と憎まれ口。

草原に火が宿る朝が終わると雨があがり、月が輝やく帰り道は夜の詩が歩きだす。あいつは、街灯の水たまりがお気に入り。

橙色に残された写真の海しか知らない僕にくらべて、彼の海は宇宙の旅に出た白いシャツの鮮明さに隠れていた。

夜にみた映画に心の声が連れ去られてしまったので、こうして彼と話をしている事が不思議な事に思え、裸電球に照らし出される彼の手櫛からは海が聞こえてきた。


港で船乗りを迎える踊り子は霧笛を呼吸の拠り所としている。

霧笛は乗る人がいないのに何故、待ち続けるのか。


こたえる事のできない問いかけの先が心の声の隠れ場所である事に気づいた頃には扉に近づく朝よりも彼の憎まれ口に安堵している。

それだけでよく寝る事ができるから。





posted by 永島大輔 20:38comments(0)trackbacks(0)pookmark





僕たちは希望という名の列車に乗った   ラース・クラウメ監督

『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』の監督なので、信念を貫き通す、真実を追う気迫がすごい。

国が分断され、異国となった祖国から発信される情報をきっかけに、大人達のおかしさに気づき、抵抗していく子供達の姿に勇気づけられ、涙があふれてくる。亡命したアンドレイ・タルコフスキー監督を思い出してしまい、さらに涙が…。

ユダヤ人と交流する事でヒトラーを信奉する大人達のおかしさに気づいた子供達を描いたケイト・ショートランド監督『さよなら、アドルフ』11年後の世界。2作品あわせてみたい映画。

posted by 永島大輔 17:21comments(0)trackbacks(0)pookmark





トウレップ〜「海獣の子供を探して」〜

渡辺歩監督『海獣の子供』の兄弟。あるいは双子の映画『トウレップ〜「海獣の子供を探して」〜』に混在する虚構と現実は山岡信貴監督の映画術により、太古の神話の世界から宇宙開発の未来まで、ひとつの世界で共鳴する。

その響きは美しく、とても妖しい。

海底に響く音楽とはこのような感覚かもしれない。


神話の世界を題材とした本作を記録映画としてみる。

太古の世界で神話が生まれた時。

そこには人々の大きな悲しみや喜びがあり「この事を後世に残したい」という思いから言葉や文字で記録した行為は現在でいう「綴り方」や「記録映画」に通じるのだから。

そして、マーシャル諸島で撮影され、新しい神話が生まれた意味は大きい。

posted by 永島大輔 17:18comments(0)trackbacks(0)pookmark





サクリファイス   アンドレイ・タルコフスキー監督

自分の意思で移住した地は、その昔、神に近づいた人々が町から追い払われた辺境の地。

アレクセイ・ゲルマン監督『神々のたそがれ』のあの地を思わせる。 

追い払われた原因のひとつは真実を言い当ててしまうから。

『サクリファイス』アレクサンデル達と同じ辺境の地に住むオットーはレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画がガラスの反射が邪魔になり本来の姿で鑑賞する事ができない事を訴える。

この2人の話に社会的な事情により歪められた宗教と芸術を本来の姿へと返したい思いがある事に気づかされる。

それは映画にも向けられる。

美しく響く音楽は映画との同調に別れを告げ、噛み合う事のない言葉が響き、存在しない方向へと人は話しかける。

他の文化圏の映画とは異なるカメラの動き。異なる映画が展開された時。

その「異質さ」が「神の存在」と「奇跡」を体感する重要な手掛かりになっていたりする。

『サクリファイス』の「異質さ」を思う時、アレクサンドル・ソクーロフ監督の「映画がヨーロッパではなく、中国やイランのように文化の伝統的基盤がしっかりした国に生まれていたら、異なった発展を遂げていた」(イメージフォーラム94年No.179)という話を思い出す。

posted by 永島大輔 17:16comments(0)trackbacks(0)pookmark





喫茶店

喫茶店の屋根裏に間借りをしていた詩人の記憶が床の影に残る。

冬の日の吐息と消えた。

いつの人生の物か定かではないのに。


部屋の床に散らばっている宛先のない手紙にも思える紙片の端は甲板に寝転がり眺めた夜空が脈をうつ。

あの夜と同じように触れてしまえば、背中を押され落とされた夜空。

13歳の頃から歳を重ねてしまう事を忘れてしまった彼の顔と身体に煙草の香りは不釣りあいだったけれど。

その香りがとても好きだった。


切手を貼る事ない手紙は、ふだんとは違う、もう1人の彼で。

遠い桜の夜の彼は誰かの体に宿りながら、みる事のない海の町へとつながっていく。

この手紙よりも満たされる事はないのに。この手紙が生まれる前に靴音が響く。


posted by 永島大輔 02:33comments(0)trackbacks(0)pookmark





ホットギミック ガールミーツボーイ   山戸結希監督

事の発端は中島哲也監督『渇き。』内藤瑛亮監督『ミスミソウ』における清水尋也様の陰翳の魅力にひきこまれた所から始まる。

本作はその魅力と、言葉責めによる加虐する者と被虐される者が出会い、快楽を分け合う官能の世界に夜を徹して耽溺したくなる。

相手に対して放たれる言葉と映像の編集の絶妙さに圧倒され、さらに言葉と映像の関係性が崩壊した瞬間、精神が夜の果てへと放たれる至福感と高揚感が発生する。

例えるのなら小沢健二様の『LIFE』の「ドアをノックするのは誰だ?」のあの感覚が映像言語でやってくる。

この興奮に映画をみながら何度「映画館のにいちゃん、お酒持ってきてーッ!」と心の中で叫んだ事か。しかしお酒はやってこなかったので、映画で酔っ払う事になる。

いやー、もう最高ですね!。

posted by 永島大輔 06:59comments(0)trackbacks(0)pookmark





カエル達の演奏が響く夜

ソファーにもたれた友達がパーカーのフードをかむり物思いにふける。

姿をみせる事のないカエル達の演奏が響く夜は5月の隠れ家の旗で彼の袖先にゆらいでいた。

簡単に出会う事ができない存在に僕は大切な事を教えてもらっている。

いつもそうだ。


少年と一緒に手作りのプラネタリウムを訪ねた夕方もそうだった。

彼が手作りのプラネタリウムで眠りについた時にみた夢は僕の肩越しの記憶で、教えてくれた帰り道は遠く離れたと思っていたのに不思議なくらい近くにきている。





posted by 永島大輔 20:27comments(0)trackbacks(0)pookmark